大判例

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大阪地方裁判所 昭和39年(わ)4655号 判決 1964年7月29日

被告人 川面信

大一一・九・二九生 会社役員

春木為遠

大三・四・七生 会社役員

主文

被告人川面信を懲役壱年に

被告人春木為遠を懲役四月に処する。

但し本裁判確定の日から被告人川面信に対しては参年間、被告人春木為遠に対しては弐年間右各刑の執行を猶予する。

押収にかかる空気銃(銃番号六七一)(昭和三八年押第七四一号の一)猟銃(水平二連銃番号六二八七八)(前同押号の二)同(単身銃番号八一四一五)(前同押号の三)同(自動単身、銃身番号七一〇一九八、銃把番号〇五七六一一)(前同押号の五)同(単身ポインター銃番号八三八一)(前同押号の六)同(同上銃番号八三八二)(前同押号の七)同(同上銃番号八三八三)(前同押号の八)各壱挺、日本刀壱ふり(前同押号の四)猟銃実包二十五発付革製弾帯(前同押号の九)同実包十九発付の革製弾帯(前同押号の一〇)各壱本、同実包紙箱入り二十五発(前同押号の一一)同二十二発(前同押号の一二)はいずれも被告人川面信よりこれを没収する。訴訟費用中証人柳田勲及び同北野健三に支給した分は全部被告人両名の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

第一  被告人川面信は法定の除外事由がないのに

(1)  昭和三十七年六月頃から主文掲記の空気銃一挺(昭和三八年押第七四一号の一)を

(2)  同年八月二十五日頃から主文掲記の猟銃ポインターを除いた三挺(前同押号の二、三、五)日本刀一ふり(前同号の四)実包計百十六発(前同押号の九乃至一二)を、

(3)  同年十月はじめ頃から主文掲記の猟銃ポインター三挺(前同押号の六乃至八)を、

いずれも同年十一月十日まで堺市南花田町四百三十五番地の三の自己経営にかかる株式会社川面工務店元事務所二階押入れ内あるいは同天井裏に隠匿所持し、

第二  被告人春木為遠は株式会社長居市場(のち商号を大阪住宅企業株式会社と変更)の、被告人川面信は前記株式会社川面工務店の各代表取締役であるところ、被告人春木は右株式会社長居市場の代表者として昭和三十六年四月二十六日頃自己所有の大阪市住吉区長居町中三丁目四番地所在の鉄筋コンクリート造平家建の右長居市場の屋上に共同住宅の用途に供するため延面積一、八〇三、三二平方メートルの二、三階の木造建築物の増築工事を前記川面工務店に請負わせ、被告人川面は同工務店の代表者として同年五月はじめ頃右工事に着手し工事中特定行政庁である大阪市長中井光次から右建築物の建築主である右長居市場代表者被告人春木に対しては同年六月十七日到達の書面で右建築物の請負人である川面工務店の代表者被告人川面に対しては同月二十三日到達の書面でそれぞれ右建物は建築基準法第二十七条第一項第一号に違反することが明らかな建築物として同法第九条第十項により該工事の施工の停止を命ぜられたのに拘らず被告人両名は共謀の上右各会社の代表者としてその各業務に関し以後その儘右工事を続行し同年十一月末日頃これを完成させ以て特定行政庁の命令に違反し

たものである。

(証拠)(略)

(法令の適用)

被告人川面信の判示第一の所為中

銃砲刀剣類所持の点につき

銃砲刀剣類等所持取締法第三十一条第一号第三条第一項

実包所持の点につき

火薬類取締法第五十九条第二号第二十一条

(右は一個の行為で二個の罪名にふれる場合であるから刑法第五十四条第一項前段第十条により重い銃砲刀剣類等所持取締法違反罪の刑に従い所定刑中懲役刑選択)

被告人両名の判示第二の所為につき

建築基準法第百一条・第九十八条・第九条第十項・刑法第六十条(所定刑中懲役刑選択)(法第九十八条には「第九条……第十項の規定による特定行政庁の命令に違反した者は六月以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する」と定め右第九条第十項によると「特定行政庁は……「当該建築物の建築主」……「又は当該工事の請負人」に対して当該工事の施工の停止を命ずることができる……」旨規定されている、これによつて見ると右九十八条の犯罪主体は建築主又は請負人(本件ではすなわち前者は株式会社長居市場、後者は株式会社川面工務店)のみのように考えられるけれども法第百一条によると「法人の代表者又は法人若しくは人の代理人使用人その他の従業者がその法人又は人の業務に関して前三条の違反行為をした場合においてはその行為者を罰する外その法人又は人に対して各本条の罰金刑を科する……」と規定されていることに徹すると同条の規定と相俟つて特定行政庁の施工停止命令違反については法は行為者として右百一条所定の者をも犯罪の主体としたものと解する。)

被告人川面に対し、

併合罪の加重につき

刑法第四十五条前段・第四十七条本文・第十条・第四十七条但し書(重い、銃砲刀剣類等所持取締法違反罪の刑に法定の加重)

没収につき

同法第十九条第一項第一号第二項本文

被告人両名に対し

執行猶予につき

同法第二十五条第一項

訴訟費用の負担につき

刑事訴訟法第百八十一条第一項本文

(弁護人の主張に対する判断)

被告人らの各弁護人は判示第二の建築基準法違反の点につき、先づ(一)被告人らの所為は形式的には特定行政庁の工事施行停止命令に違反しているけれども実質的には違法性を欠き無罪である。すなわち、建築基準法(以下単に法と略称する)第九条第十項に基く工事施工停止命令は同項に規定するとおり建築物が同法又はこれに基く命令若しくは条例の規定に違反することが「明らかな」場合で而も緊急の必要があつて法第九条第二項から第六項までに定める「公開、聴問の手続」によることができない場合に限りこれを発し得るものであるところ、本件建築物は鉄筋一階建の屋上に木造の二階建をつくり而もそこには平地からの通路も設けられているのであるからそれが二、三階の木造建築物となるものとは解せられない、したがつて本件建築物が法第二十七条第一項第一号に違反するものであることが明らかな場合とはいい難い。また本件建築物に対しては法第九条第二項から第六項までに定める公開聴問の手続をとることができないほど緊急の必要性があつたものとは考えられず同条第一項の措置により十分処理できたものである。以上の理由により本件停止命令は法第九条第十項の要件を具備しない違法のものであるから被告人らが右停止命令に従わず工事を続行、完成させたとしても何ら違法ではない。(二)仮に右停止命令が法第九条第十項に適合したものであつたとしても被告人らはその後一応本件工事を停止して市の当局者と話し合い、「三階を共同住宅として使用しなければ差支えない」との回答を得その了解のもとに三階を倉庫として使用する目的で本件工事を続行、完成させたものであるから停止命令に違反したものと言うことができない、旨主張する。

しかしながら本件は建築基準法第九十八条違反を訴因とするものであるところ、同条違反の罪は同法第九条第十項前段の規定による特定行政庁の命令に違反することをその構成要件とするものであるから右停止命令を受けた者においてこれに違反する行為あることによつて右九十八条の違反罪が成立するものと解すべきである。したがつて右命令が仮に違法若しくは不相当である場合においてこれに対する不服申立方法がある場合にはその方法によつてその処分の是正を求めるべきであつてこれを本件において主張することは失当であると解する。ところで法第九十四条第九十五条によれば特定行政庁がした命令若しくは処分について不服があるものは当該市町村の建築審査会に異議の申立をすることができその裁決に不服あるものは更に建設大臣に訴願することが認められているのであるからもし本件停止命令が弁護人主張の如く違法のものであるならば右の不服申立方法によりこれが是正を求めるべきであつて、この方法によらず否当初この命令を是認しながら(このことは被告人の当公廷の供述及び証人柳田勲の当公廷の供述ならびに前掲大阪市建築局建築課長の告発書添付の建築基準法違反者についての報告書中の記載に照し明かである)本件において停止命令の違法を主張することは失当である。そうだとすれば被告人らが右命令に違反し本件工事を続行完成させた以上法第九十八条違反罪が成立するものというべきであり、これを目して違法性のない正当行為とは認め難い。(なお本件建築物が法第二十七条第一項第一号に違反することが明かな建築物であることは証人柳田勲の当公廷の供述前掲告発書添付の建築工程写真、当裁判所の検証調書により認められるところであり、また本件停止命令をすることの緊急の必要性のあつたことは柳田勲の検察官に対する各供述調書前掲告発書添付の報告書及び建築工程写真就中これらにより認められる本件建築はもともと法第六条第一項の確認を受けない違法のもので大阪市建築課係員が巡視中これを発見したものであること、及びその当時の建築進捗状況等に照しこれを認めることができ、右停止命令には弁護人主張のような違法があるものとは認められない)よつて弁護人らの本件停止命令が違法であることを前提とする右主張は理由がない。

次に各弁護人は被告人らは市当局者から本件建物の三階を住宅として使用さえしなければ差支えない旨の回答を得、その了解のもとに本件工事を続行、完成させたものであるから停止命令に違反したものとはいい難い旨主張し、証人加藤市太郎、同松井清開、同北野建三の当公廷の各供述及び前掲告発書添付の報告書柳田勲の各供述調書によると本件停止命令のあつたのち被告人らは直接又は人を介して市当局の係員との間で本件違反工事の是正について話し合を行い、同係員から弁護人主張のような是正を含む行政指導が与えられたことが認められるけれどもその時期の点は必ずしも明確ではなく一方被告人らの当公廷の各供述及び検察官に対する各供述調書ならびに前掲告発書添付の報告書、建築工程写真、柳田勲の検察官に対する各供述調書によると被告人らは市係員の本件建築物の是正指導にも拘らず何ら違法部分の除却、模様替等設計変更も行わず違反構造の儘建築工事を続行し而もその過程においてすでに入居者の募集を行い遂に共同住宅の用途に供する状態において工事を完成し結局において本件停止命令を無視してこれに違反したことが十分認められる。よつて弁護人らの右の主張もまた理由がない。

(本件停止命令の効力について)

本件建築物の請負契約の注文者は株式会社長居市場であり、したがつてその建築主に右長居市場(法第二条第十六号)であるのに本件工事の停止命令は右長居市場に為されずその代表者である被告人春木為遠個人宛に為されていることから本件建築主に対する停止命令の効力について多少の疑いなしとしないけれども被告人春木の当公廷の供述及び右長居市場(現在大阪住宅企業株式会社)の登記簿謄本によると同会社は被告人春木がその代表者となつて経営しているもので形式的には会社組織とされているが実質的には同被告人の個人経営と異ならないことが認められること、さきに認定したとおり本件建築はもともと法第六条第一項の確認を受けないいわば闇建築であり、それが市係員の巡視中に発見されたものであること、したがつて本件工事の請負人は前掲工程写真によつても明かなとおりその外観から株式会社川面工務店であることが容易に認められるけれども建築主についてはそれが何人であるか判明し難い事情にあつたこと、違反建築が発覚したのちにおいて被告人春木は自ら建築主として振舞い、市当局も同被告人を建築主として取扱つていたこと等、の事実関係に徴すれば仮令本件停止命令が被告人春木為遠名義に為されたとしても実質的には長居市場の代表者である春木為遠に宛てたものと異ならず、建築主に対する停止命令としての効力を有するものと解すべきである。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 瓦谷末雄)

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